坂口安吾旧宅門柱移築除幕式

 12月3日(月)11時から、坂口安吾旧宅門柱移築除幕式が行われました。
 昭和初期の文人・坂口安吾氏は、大正14年(1925年)、代沢小学校で代用教員をしていました。当時のことは、小説「風と光と二十の私と」の中で描かれています。
 この門柱は、大田区東矢口にあった安吾旧宅に残っていたもので、門柱を所有していた新潟日報社が「北沢川文化遺産保存の会」の申し入れを受け委譲。世田谷区まちづくりファンドや代沢小に隣接している東邦薬品の支援で、代沢小学校の一角への移築・安吾文学碑の建立が実現しました。
北沢川緑道せせらぎ
門柱と安吾文学碑
     安吾文学碑の由来
 坂口安吾は大正14年(1925年)代沢小学校で一年間代用教員を務めた。その時のことを背景として書かれたのが「風と光と二十の私と」である。安吾文学碑に刻んだ文言はこの作品に書き記された一節である。
 碑文両脇の煉瓦は安吾が「蒲田の家」(現大田区東矢口二丁目)と称していた家の門柱である。この家で「日本文化私観」、「白痴」、「風と光と二十の私と」などの作品が書かれた。門柱は所有者「新潟日報社」が長年保存してきたものである。それを譲り受け、「東邦薬品株式会社」の協賛を得て、ここに門柱保存を兼ねた文学碑を建立したものである。
 なお、この碑は、武蔵野の風と光と若い魂が通り抜けて行けるようにデザインしたものである。
  2007年12月3日 世田谷区教育委員会
      寄贈 北沢川文化遺産保存の会
安吾文学碑説明パネル
 除幕式には、学校代表で4年児童42名が出席しました。序幕のひもを一緒に引き、「あんこ先生、お帰りなさい。」と子どもたちが唱和し、序幕しました。

感謝状贈呈

 最後に北沢川文化遺産保存の会で、この門柱移築・文学碑建立に中心になってご尽力いただいた保存会のきむらけん氏(児童文学作家)が挨拶されました。
「碑文は、あんこ先生との自問自答。満足せずに自分を磨いていく。そこが人間の尊いところ。折に触れてこの言葉を思い起こして」と、子どもたちに呼びかけいました。